突然ですが、いま私は京都駅にいます。京都に拠点を移して1年が経ちました。とはいえ出張も多く、この1年のうちおそらく3分の1は外に出かけていました。そのため、京都駅はすっかり日常の通過点になっています。
普段は目的地へ向かって急ぎ足で通り抜ける場所ですが、今日は中央口2階のミスタードーナツのカウンター席に初めて腰を下ろし、この文章を書きはじめています。目の前には巨大なコンコースが広がっています。

京都駅コンコース
コンコースには階段が連なり、屋上から地下1階まで一望できるその眺めは、大自然の渓谷を見ているようなスケール感です。この広大な空間を、様々な文化圏の人々がせわしなく行き交っています。また空間には、不思議なオブジェ的なものがぽつり、ぽつりと点在していて、その造形はSF的でありながらどこか原始的な雰囲気をまとっています。

行き交う人々の中で、誰かを待っているのか、あるいは少し休憩しているのか、立ち止まっている人たちもたくさんいます。観察していると、自然とその造形物のまわりや曲線的な壁のそばで立ち止まったり寄りかかったりしているのがわかります。京都駅を設計した建築家・原広司さんはこの多様な造形物を「アトラクター」と呼び、人の行動を促す要素として多層にわたって空間に重ね合わせたと、京都駅設計後記の中で記述されています。これらは原さんが世界の集落を参照して取り入れたものらしく、だから原始的な感じもするのかな、という感想を抱きました。

最近読んだ本
こうして京都駅に関心を持ったのは、同じく原広司さんとアトリエ・ファイ建築研究所が設計した「越後妻有里山現代美術館MonET」で、作品を展示してきたばかりであることがきっかけです。BankARTのディレクションする展覧会「こたえは風に吹かれている」(2025年7月19日~11月9日)では、美術館の回廊部分に作品が展示されています。

写真:中川達彦
参加作家:井原宏蕗、牛島達治、松本秋則、山本愛子
MonETは建築内部の中央に池という開口部を抱いています。京都駅のような渓谷的で多様なランドマークが点在する空間とは異なり、対称構成から成るモノトーンが基調のシンプルな空間です。ここに私は、会期のはじめにまずは白い布をいくつか設置しました。そして会期の進行とともに越後妻有の植物で染めた布へと展示を更新していきました。
対称という強い構成を持つ空間では、池の水面に映る外界の揺らぎや風の動きといったフラジャイルな存在たちが際立ちます。染色した布もまた、色彩を通して外界を反射させる作用を持たせれば空間の中で際立つと考え、建築空間に新しい要素を加えることを試みました。

滞在制作した作品《Reflections》途中経過
滞在制作の拠点は「BankART妻有 桐山の家」。築100年以上の農家をリノベーションした場所で、自然に囲まれた生活は「住む」というより「棲む」に近い感覚でした。植物を採集し、時に食べたり飲んだりもしながら染めを行う日々です。

制作風景 BankART妻有 桐山の家の庭にて
少し脱線しますが、BankART妻有に滞在中の楽しみのひとつは、段ボール箱に保管されていた、BankARTの前身でもあるPHスタジオの資料を夜な夜な開くことでした。その中には、1996年に私の地元である上大岡駅で行われた「ゆめおおおかアートプロジェクト」の資料もありました。
自分と現代アートとの出会いを考えた時、最古の記憶は上大岡のパブリックアートたちです。当時5〜6歳の子供ながらに、ちょっと現実離れした空間に、ぽつりぽつりと点在するPHスタジオの作品群には不思議な引力を感じていました。中学生になった頃にはすっかり溜まり場になり、成人後も、なんとなく駅で時間ができるとそこに行き、座ったり、考え事をしたりしていました。いま京都駅を眺めながら、上大岡駅のPHスタジオ作品はアトラクター的だったと思い返しています。
その後のBankARTにも私は深く関わり、こうして今コラムを書いたり、展示をご一緒したりしていることには、不思議な引力を感じます。アトラクター的人生です。

PHスタジオ《河岸段丘》2000年
話は戻り、新潟での約1ヶ月の滞在制作を経て、作品はひとつの完成を迎えました。

《Reflections》2025年 写真:中川達彦
これまでサイト・スペシフィックな作品を作る上では特に、自然と人との関わりを軸に作品を制作してきましたが、近年はそれに加えて、アイデア段階から建築空間と作品とが不可分に結びついていく感覚があり、今回もそのことに意識的になりました。
そして新潟での時間を終え、京都駅に戻ってきたとき。いつも通過していた空間が、以前よりも鮮明に語りかけてくるように感じられ、その小さな気づきからこの文章を書きはじめたのでした。
越後妻有での滞在制作の記録はBankARTのInstagramでも紹介しています。展示は2025年11月9日まで開催中です。秋風に揺れる風景を、ぜひ会場でご覧ください。

《Reflections》2025年
写真:中川達彦
📕レコメンド書籍📕
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原広司「集落の教え100」(彰国社)
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原広司「集落への旅」(岩波新書)
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PHスタジオ「PH STUDIO 1984‐2002」(現代企画室)
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藤原辰史「植物考」(生きのびるブックス)
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ジル・クレマン「動いている庭」(みすず書房)
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エマヌエーレ・コッチャ「植物の生の哲学: 混合の形而上学」(勁草書房)
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【執筆者プロフィール】
やまもと・あいこ|美術家。1991年神奈川県生まれ、京都府在住。東京藝術大 学大学院先端芸術表現科修了(2017)。ポーラ美術振興財団 在外研修員として中国にて研修(2019)。アジアを中心とした 国内外でのフィールドリサーチや滞在制作を通じて、自然環境 と人間の関係性をテーマに、主に染色技術を用いて作品を制 作している。主な展覧会に「忘れているけど在る(それはまるで 呼吸のような)」(gallery N / 愛知 2025)、「SENSE ISLAND/ LAND 感覚の島と感覚の地 2024」( 観音崎公園 / 神奈川 2024)、「BankART Under 35 」(BankART KAIKO / 神奈川 2021)などがある。
越後妻有 2025 夏秋企画「こたえは風に吹かれている」
参加作家:山本愛子、松本秋則、井原宏蕗、牛島達治
ディレクション:BankART1929
会場:越後妻有里山現代美術館 MonET 回廊
会期:2025/7/19(土)~ 11/9(日)
※祝日を除く火水定休 ※8/12(火)、13(水)は公開
時間:10:00-17:00(最終入館16:30)※ライトアップは21:00まで
料金:無料(回廊のみ)
※山本愛子作品の一部は美術館内にも展示しています。展示期間:7/19(土)- 9/15(月祝)
美術館入館には個別鑑賞券または「越後妻有 2025 夏秋」共通チケットが必要です。
主催:大地の芸術祭実行委員会、NPO法人越後妻有里山協働機構、独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁
委託:令和7年度日本博2.0事業(委託型)Japan Cultural Expo 2.0
詳しくはこちら:https://www.echigo-tsumari.jp/event/the-answer-is-blowin-in-the-wind/