今年は戦後80年。これを記念する展覧会が各地で開かれている。
なかでも必見なのが、東京国立近代美術館で開催中の「コレクションと中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」(7/15-10/26)である。タイトルだけ見るとコレクション展の延長みたいだし、「戦後80年」とも謳っていないが、紛れもなく「戦争」および「戦争記録画」を正面から取り上げた企画展。戦争記録画は日中戦争から太平洋戦争において描かれたプロパガンダとしての絵画のことで、紆余曲折あってそのうちの153点が東京国立近代美術館に保管されている。作品の性質上これまで大々的に公開されることはなかったが、今回はコレクション展と合わせて過去最多の30点が展示されているのでぜひ見てほしい。
戦争について手っ取り早く知りたい人には、山田英生編『戦争と漫画 戦地の物語』『戦争と漫画 銃後の物語』『戦争と漫画 焦土の記憶』(ちくま文庫)がおすすめ。戦争記録画に関しては、菊畑茂久馬『フジタよ眠れ 絵描きと戦争』(花乱社)、司修『戦争と美術』(岩波新書)、針生一郎ほか編『戦争と美術1937-1945』(国書刊行会)、河田明久編『別冊太陽 画家と戦争』(平凡社)、河田明久監修『日本美術全集18 戦争と美術』(小学館)などに詳しい。
今年は戦後80年。ということは日米開戦84年でもある。
福岡県・田川市美術館の「開戦84年 戦争と美術 チェン・チンヤオ展」(7/12-8/31)は、ひねくれたことに「開戦84年」を謳っており、中身もかなりやばい。制服の少女たちが藤田嗣治《アッツ島玉砕》をはじめとする戦争記録画をウキウキと楽しげに演じたりしているのだ。台湾人のチェンはAKB48の大ファンで、ロシア製の自動小銃AK47と名前が似ていることから少女と武器を結びつけて描くようになったという。
田川まで行けない人は、東京のギャラリーeitoeikoで開催されている同じ作者の映像作品展「戦場の女」(7/19-8/23)を見るといい。先の大戦と現在の台湾の緊迫した状況をオーバーラップさせているのだ。
今年は戦後80年。ということは被爆80年でもあり、これにまつわる展覧会も多い。
広島市現代美術館で開催中の「被爆80周年記念 記憶と物―モニュメント・ミュージアム・アーカイブ―」(6/21-9/15)、尾道市の離島にあるアートベース百島で行われた「アトミック・クロスロード」(5/24-7/20)など、広島県での開催が多いのは予想どおりだ。首都圏でも東京都写真美術館で「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」(5/31-8/17)、川崎市岡本太郎美術館で「戦後80年《明日の神話》次世代につなぐ原爆×芸術」(7/19-10/14)が開かれている。
このうち東京都写真美術館の展示には、被爆直後の凄惨な光景を捉え、軍やGHQの検閲を免れた貴重な写真も含まれている。それ以外の3展には若い世代のアーティストも参加しており、被爆体験を次世代につないでいこうという意志が感じられる。
「戦争」「被爆」をコレクションや企画展のテーマの中心に据える美術館もある。原爆の図丸木美術館(埼玉県)、無言館(長野県)、立命館大学国際平和ミュージアム(京都府)、佐喜眞美術館(沖縄県)などだ。このうち3館の館長による鼎談をまとめたのが『戦争と美術ー戦後80年、若者たちに伝えたい』(かもがわ出版)だ。キーワードは「記憶」「次世代につなぐ」「若者たちに伝えたい」である。
今年は戦後80年。にして没後80年。
つまり1945年に亡くなった画家と彫刻家の回顧展も開かれた。栃木市立美術館の「没後80年 清水登之」(1/11-3/20)と、渋谷区松濤美術館の「黙然たる反骨 安藤照 没後・戦後80年 忠犬ハチ公をつくった彫刻家」(6/21-8/17)である。清水(1887-1945)は戦前ニューヨークとパリで画家として活躍し、帰国後は多くの戦争記録画を手がけたが、終戦の年に長男の戦死を知り、失意のうちに戦後まもなく死去。
一方、安藤(1892-1945)は渋谷の忠犬ハチ公像の作者として知られる彫刻家だが、それ以外の作品が知られていないのは空襲により焼失したからで、そのとき安藤自身も焼死した。そのハチ公像も金属供出のため溶解され、現在の像(2代目)は息子が戦後に再建したもの。清水も安藤も戦争の犠牲になった芸術家なのだ。
今年は戦後80年。10年前の2015年には今年以上に多くの「戦後70年記念展」が開かれた。
その末尾を飾った(汚した?)のが、年末に若い友人たちとともにぼくも参加した東京都美術館での「戦争画STUDIES」展だった。戦争を知らない8組のアーティストが先の大戦をいかに受け止め、「戦争画」とどのように向き合っていくのかを作品によって検証するもの。さらに「STUDIES」の名のとおり1年を通して戦争画に関連する講座、対談、インタビュー、イベントなどを行った。
その展覧会の概要を事後にまとめたカタログが『戦争画STUDIES』(「戦争画STUDIES展」実行委員会)であり、BankARTスクールでの講座を編集したものが『いかに戦争は描かれたか』(BankART1929)である。
今年は戦後100年。とうとうぼくも卒寿まで生きながらえてしまった。
戦後100年を迎えられたのは、日本で次の戦争が起きなかったからだ。もし起きていたら「新しい戦後」が始まっていたはずだ。いやそれは楽観的だろうか。次の戦争は日本人を全滅させているかもしれないし、なんなら人類全体も消滅している可能性だってないとはいえないからだ。そう考えれば200年、300年と戦後が続いてほしいし、これを「最後の戦後」にしなくてはならないと願うばかりである。
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著=大谷省吾・林洋子・河田明久・木下直之、編=村田真
『いかに戦争は描かれたか』(BankART1929)
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「戦争画STUDIES」展カタログ(「戦争画STUDIES展」実行委員会)
著=飯田高誉、木下直之、吉良智子、小金沢智、笹木繁男、椹木野衣、杉村浩哉、飯山由貴、笹川治子、辻耕、豊嶋康子、村田真、百瀬文、BARBARA DARLINg、CAMP
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『戦争と美術ー戦後80年、若者たちに伝えたい』(かもがわ出版)
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🖼️ 展覧会・美術館情報🖼️
東京国立近代美術館「コレクションと中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」(2025/7/15-10/26)
田川市美術館(福岡)「開戦84年 戦争と美術 チェン・チンヤオ展」(2025/7/12-8/31)
eitoeiko(東京)「戦場の女」(2025/7/19-8/23)
広島市現代美術館「被爆80周年記念 記憶と物―モニュメント・ミュージアム・アーカイブ―」(2025/6/21-9/15)
アートベース百島(広島)「アトミック・クロスロード」(2025/5/24-7/20)
東京都写真美術館「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」(5/31-8/17)
川崎市岡本太郎美術館(神奈川)「戦後80年《明日の神話》次世代につなぐ原爆×芸術」(7/19-10/14)
栃木市立美術館「没後80年 清水登之」(2025/1/11-3/20)
渋谷区松濤美術館「黙然たる反骨 安藤照 没後・戦後80年 忠犬ハチ公をつくった彫刻家」(2025/6/21-8/17)
【執筆者プロフィール】
むらた・まこと|美術ジャーナリスト、画家、BankARTスクール校長。1997年よりアートサイト「artscape」にレビューを執筆。主な著書・共著に『アートのみかた』『いかに戦争は描かれたか』『日本の 20世紀芸術』『横浜パブリックアート大全』など。