Column

Vol.5 泉 桐子 – 映画館から船着場まで。

小さな映画館で働いている。働き始めて、2年になる。

1作品は大体2週間で入れ替わり、その度にポスターや商品を入れ替える。

作品ごとにお客様の雰囲気は変わるが、毎週、ほぼ当館で上映される作品を全て見ているであろう常連の方も少なからずいる。私はとういうと、作品の予告編を眺めたり、漏れ聞こえる音を繰り返し聞くだけで結構満たされているようで、あまり真面目に作品を観れてはいない。映画好き、というより、映画館にいるのが好きなタチなのだろうと思う。まあ珍しいことでもないだろうが、作品についての仔細な説明を求められた時に、口ごもるのは問題だなと思っている。この文章を書くために、じゃあ最近観たのはなんだっけと考えてみたが、その作品名を書くと、それが随分前のことだというのがバレると気づいたので、付記しないでおく。

BankART Under35(以下U35)の選考の報せは、勤務中の休み時間にもらった。ロビーでコンビニのコーヒーか何かを呑んでいた気がするが、とりあえずその休み時間がちっとも休んだ気にならなかったことだけ覚えている。案の定、その後の仕事ではちょっとミスをした。

打ち合わせをして、あれよあれよと進んで、東さんと併設という形での個展は開催された。BankART KAIKOでのU35という企画はこれで最後ということを準備中に知った。出来上がった会場を見て思った。地味だなと。北仲というこの開発目覚ましい市庁前のギラギラしたエリアのギラギラした建物の中で行われているものが、こんなにも動的要素に乏しい地味さでいいのだろうかと思った。でも結局私はいつも通りただ絵を描いたし、東さんの空間は静かで美しい音色を奏でていた。これだけの空間で、援助を受けながらそのマイペースな行為をやらせてもらえたことは本当に貴重で贅沢だったと思う。U35の企画では、作者のこれまでの作品なども掲載した冊子も、デザイナーの方に関与してもらいながら制作してもらえる。名刺がわりに配れるものを形に、という粋な配慮なのだが、それ以上に、公式の出版物として、それまでの活動歴を含めたものを記録として残せることは、本当にありがたいなと思う。ぜひ、形が変わっても、こうした若手支援がこれからも続いて欲しいし、それを必要としている人が町のどこかしらにいることを、どうか忘れないでいただきたい。

BankART Under 35 / 2024 第3期 泉桐子個展会場風景 BankART KAIKO (横浜/馬車道)

大きな作品を描くたびに、実は「もうこれが最後ですから!」と自分に言い聞かせながら描いている。この個展でも、結構無理やり100号のパネル4枚分の絵を描いた。やっぱり思った。「もう大きな絵なんか二度と描くもんか!」そんなことを考える奴がなぜ10年作家なんかやってこれたのだろうか。我ながら不思議でならない。

まずは本当に今まで何かと声をかけ続けて、許してくれた人たちの存在がなくてはならないのは間違いないが、正直に言って、あのロビーで電話が鳴らなかったら、少なくとも、私の大きい絵の作品はギャラリーパリで展示した「Night of the waiting sailors.」(縦1620x横3909)が最後になっていたと思う。

「Night of the waiting sailors.」個展「真鴨とシャベル」より、ギャラリーパリ(横浜/日本大通り)

しかし、どういうわけか、私はまた大きい絵を描いてしまった。

先月から、瀬戸内国際芸術祭の一環で、瀬戸内海の島にある古民家に、私の絵が飾られている。縦1800横5400の青い”大きな”絵である。島の名前は「高見(たかみ)島」。面積2.35平方㎞、人口数十人の小さな小さな島である。

島には下見で2026年1月末に初めて降り立った。当時の私はBankARTが運営するExPLOT Studioの実証実験に参加して、シェアアトリエで時々作品を描いていた。シェアアトリエという環境自体は初めてで緊張したが、横浜で活躍してきた作家の先輩方々の作業を覗かせてもらえるのは楽しかった。

<ExPLOT Studio オープンスタジオの様子 2025年1月(横浜/みなとみらい)>

作品をどんなものにするか。芸術祭ということ、当時の制作環境的にも、特殊なことをした方がいいかとも思ったが、他の参加者の面子も見て、私が思いつくものは全て他の人の方が得意だろうなと思い、結局やっぱりただ愚直に絵を描こうと決めた。ただ、展示予定の場所への搬入出の都合を考えて、支持体は小さく折り畳んで運べるようにと、屏風型を選択した。高見島にある舟着き場にある写真と、案内の方が大切そうに呟いたサンパン舟への言葉、島の下見後に連れて行っていただいた博物館で見た多くの木舟。舟の風景。素直に一番惹かれたものがあるワンシーンを描こうと決めた。いつも描画に使うのは、和紙、膠、墨汁、水干絵具数色、清晨堂の筆(胡蝶・中)、紙やすり。今回も同じである。掘っているように見えるように筆で描く。版画のように見えると言われたら割と嬉しい。

紙やすりで絵の具を最終的に磨き落とす作業のみ島で行った。あちこち汚した。こえび隊の方が綺麗に掃除してくれた。頭が上がらない。自立のために絵の一部を切ってもらった。他人の絵にそんなことをしろと言われたら絶対に嫌だと私なら言う。本当に申し訳ない。重石のための箱も作ってもらった。一見、大きな絵、というシンプルな作品だが、方々から支えていただいて立っている。心から全てに感謝している。高見島の坂道を登った先に散りばめられた、各々が紡いでいる物語に触れて、景色を眺めて、ゆっくりと時間を過ごして欲しいと思う。

島には毎日、多度津港からフェリーに乗って通った。旅行先では絶対に船に乗れる機会を探しているようにしている。船という移動手段が好きである。好きになったきっかけは、学生時代に参加したプロジェクトで滞在した、高見島の向かいにある広島(ひろしまという小島。県の方ではない)にいたときに乗ったことだったと思う。初めて親元から長く離れて生活し、指導を離れて制作をした。今日までの制作の始まりはこの島でのことが、本当に大きなきっかけになっていたと時々思う。なので、今回作家になって10年目にしてまた瀬戸内海の島で展示する機会をいただけたのは、不思議な縁を感じざるを得ない。

ただ、この文章を依頼されて書いている今、やはりもう大きな絵を描く気はない。せっかくなので、この期間にたくさん映画館で映画を観ようとは思う。写真美術館のペドロ・コスタの特集にも行きたい。だが万が一、この文章をここまで読んでくださった奇特なあなたがもし、またどこかで私が大きな絵を描いているのを見かけたら、おいおいまた描いてしまったのか?と、どうか笑って見てやってほしい。

泉桐子

📕関連書籍📕

『Under35/2024 泉桐子』(BankART1929)
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📕高見島アートトレイル出品作家書籍📕

淺井裕介 『星屑の子どもたち』(BankART1929)
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『Under35/2014 谷本真理』(BankART1929)
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『Under35/2011 中谷ミチコ』(BankART1929)
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『PH STUDIO 1984‐2002』(BankART1929)
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DVD:『PHスタジオ「船、山にのぼる」』 [監督:本田孝義](BankART1929)
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展覧会情報

瀬戸内国際芸術祭2025[秋会期]「高見島アートトレイル」

・ディレクション:BankART1929
・参加作家:淺井裕介、泉桐子、橋本雅也、谷本真理、保良雄、中谷ミチコ+大室佑介、BankART1929+PHスタジオ
・会場:高見島(香川県多度津町)
・会期: 2025年10月3日[金]~ 11月9日(日)(秋会期)
※休島日10月23日・30日(ともに木曜日)  
・作品鑑賞可能時間:10:10~16:30
・鑑賞料:芸術祭シーズンパスポート(一般4,500円、ユース(16~18歳)2,500円、15歳以下無料)
高見島共通チケット (2,000円、高校生以下無料)
※ パスポート情報詳細 https://setouchi-artfest.jp/buy/passport/
・主催:瀬戸内国際芸術祭実行委員会
・お問い合わせ:瀬戸内国際芸術祭総合案内所
TEL:087-813-3244  https://setouchi-artfest.jp/
「高見島アートトレイル」 について詳しくはこちら
https://bankart1929.com/project/setouchi-takamishima-art-trail-2025/

泉さんが観に行きたい展覧会

総合開館30周年記念 ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ
東京都写真美術館

• 開催期間:2025年8月28日(木)~12月7日(日)
• 休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)

詳細はこちら
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-5093.html

【執筆者プロフィール】

いずみ・とうこ|1992年生まれ、神奈川育ち。2017年武蔵野美術大学大学院修士課程造形学科日本画コース修了。

主な展覧会に、「真鴨とシャベル」(個展・GALERIE PARIS/横浜、2022)、「三菱商事アート・ゲート・プログラム2021-2022 支援アーティスト6組による新作展」(代官山ヒルサイドフォーラム/ 東京、2023)、「日本 NIPPONMANIAマニア」(企画展・kunsthaus kaufbeuren/ドイツ、2023)、BankARTUnder35/2024( 個展・BankART KAIKO/ 横浜、2024)など。