パブリック・アートテーブル2023
審査委員講評

審査委員講評

○襟川文恵(横浜美術館経営管理グループソーシャルリレーションズ担当リーダー)


【入選作講評】


磯崎道佳
《(仮)机は昼にテーブルになったーSmile on the table》

誰にとっても何かしらの記憶と結びついている「学校の机」に、たくさんの笑顔が浮かんでいる様子を見てみたい。そんな気持ちが湧き起こりました。このテーブルにつく人が、その笑顔をフロッタージュして、新しい記憶として持ち帰れるのも素敵です。
それぞれの心の中にある「学校の机」というイメージを基軸に、時間も空間も飛び越えて、人が交流しあう装置。ここから生まれる対話によって、街の体温が少し上がりそうです。


多田正治アトリエ
《テーブルの下の世界》

狭い窪みやスキマに身を収めると安心する。天井が低いロフトだと読書が捗る。そんな感覚を、屋外に置いた大きなテーブルの下で味わえるのは、体験としてユニークです。天板の起伏は、テーブルの下に潜り込む人を受け入れるのと同時に、テーブルの上を共有する人と人の間をゆるやかに隔てます。「近くにいる、でも干渉し過ぎない」という絶妙な関係性。人であふれかえる都市の日常に、さりげなく設えられた僅かな閉塞感や隔たりは、意外なほど私たちをホッとさせてくれそうです。


【総評】

長いコロナ禍を通り抜けた私たちにとって、他者との距離は大きな関心事になりました。テーブルの大きさは、即ち安心の大きさ。そんな認識さえ生まれたように思います。今回の応募作品には、「人と人の距離感」について考えさせられるものが多かったように感じています。それは空間であったり、時間であったり、気持ちであったり・・・実に様々。それでも、「同じ時間に、そこにいる」ことを、どのように実感しあうか。テーブルという家具が持つ特性を、アートの目線で掘り下げたスタディーの数々は、審査する者にとって大変刺激的でした。残念ながら選にもれた作品の中にも、興味深い提案が幾つもあり、選考はとても困難だったことをここに書き添えておきます。 今回選ばれた作品が、街ゆく人々の間にどのような作用を引き起こすのか。その様子を見られる日が楽しみでなりません。





審査委員講評

○塚本由晴(建築家/アトリエ・ワン共同主宰)


【総評+入選作講評】

テーブルというのはまず、その水平な天板が大事だと思う。その広さ、高さ、厚み、重さ、質感など、それぞれに語りかけることがあり、それらの間には芸術的領域にまで高められ得る内的な結びつきがある。また天板が空中に浮いていることによって引き寄せられる人々やモノのふるまいも大事である。机の上に料理が並ぶと、人々は互いに顔を合わせて談笑し、資料や図面が広がると、集中して働くことになる。それはまるで舞台のようであり、そのセノグラフィもまた芸術的領域に高められ得る複雑さを含んでいる。今回のアートテーブルではさらに、BankARTのスタッフにより毎日設営、撤収されること、期間中にキング軸の中で場所が変わることという展覧会からの条件が加えられている。募集に対して寄せられた提案の中には、この展覧会からの条件に引きずられ過ぎたものもあった。またテーブルまわりの自然なふるまいを誘発するというよりは、目的的なふるまいを求めるもの、意図した効果を得るために作者による運営が不可欠なものも少なくなかった。展覧会の条件のために優先順位があべこべになったり、アートテーブルのアートの方に比重が偏りすぎて、テーブルが手段に過ぎなくなってしまうのも具合が悪い。そんな中から選出された2案は、天板に妙があり、持ち運びが容易で、過大なオペレーションを必要としないものだった。
『〈仮〉机は昼にテーブルになった-Smile on the table』は小学校の小さな机(デスク)を寄せ合って食卓(テーブル)の天板に笑顔をたくさん彫刻することで、同級生と食事を囲んだ給食の楽しい時間が一気に思い起こさせる、強烈な記憶励起装置である。『テーブルの下の世界』は天板の部分をつまみ上げ、スケールをずらし、テーブルとも屋根ともつかない意味の宙吊り状態を生み出すことで、いわゆる機能的理解から自由になって、水平面が宙に浮いている事実にテーブルを立ち戻らせる還元力が面白い。どちらも、最初に挙げたテーブルの固有性を、取り巻きの条件で霞ませずに取り出すことで、タフな公共空間に負けない存在感を発するだろう。





審査委員講評

○寒川紗代子(資生堂クリエイティブ株式会社アートディレクター)


【入選作講評】


磯崎道佳
《(仮)机は昼にテーブルになったーSmile on the table》

すでにある小学校の机を使いながら、そこに行為を加えることでアート性を持たせているところが面白いと思いました。コロナ禍を経てマスクを取り、街ゆく笑顔の人の顔を久しぶりに見ていると感じる昨今に、ぴったりの作品だと思います。
机に彫る笑顔がどんどん増えていくとともに、机もくっついて大きくなっていく、そんな会期中の進化も楽しみな作品です。今後もさらにこの作品を続けてあらゆる場所での笑顔を記録していってほしいと思います。


多田正治アトリエ
《テーブルの下の世界》

子どもの頃に誰もがしたであろう、「机の下に潜り込む」という体験からの着想が、懐かしさを呼び起こし、共感を生む作品だと思います。テーブルの上も下も使えて、柔らかい凹凸があることから、それぞれの行為の柔らかい境界となるところも面白いです。
遊具のようにも感じられて、今までにないテーブルのかたちだと思いました。
実際に街ゆく人にどんな使われ方をするか見てみたい作品です。


【総評】

応募者の皆さんの「キング軸×アート×テーブル」というテーマへの応え方が多様で、去年に引き続き今年も興味深く審査させていただきました。
「ゲームをするためのもの」「風景の一部となるもの」「人を繋げるもの」「場となるもの」「体験を生むもの」・・・普段何気なく使っているテーブルですが、改めてその機能を捉え直すと、アイデアの可能性が無限に広がることが分かります。
今回入選した2作品は、どちらもゆるやかな人と人の繋がりや温もりを感じさせるものでした。コロナ禍を経て、ちょうどよい心地よさや優しさを感じられる作品が心に響く感覚がありました。テーブルを利用する人に制作者の温かいメッセージが伝わると良いなと思います。
今年も展示されるテーブルが実際にキング軸でどのような風景を作り出すのか、楽しみにしています。



2023年8月8日



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