8月11日深夜、台風4号が、九州北部すなわち我々が滞在している対馬を直撃。
激しい雨風の中、朝出航予定の壱岐行き船は欠航。まるで絵に描いたような、当時を彷彿させる潮待ち、風待ち。
8月11日16時現在、台風一過でなんとか12日の早朝のフェリーは出航できそうだ。待てば海路の日和あり。
月: 2010年8月
対馬の朝鮮通信使をちょっぴり
対馬歴史民俗資料館へ館長阿比留さんを訪ねる。
建物の隣では昨日のアリラン祭りの衣装を洗濯中。
対馬藩主宗氏の菩堤寺万松院へ。
123段の階段をのぼり、大きな杉の木が鬱蒼と散立するなか、宗家代々のお墓がひっそりと佇んでいる。宗家19代宗義智は文禄慶長の役や関ヶ原役に出陣、またその後は逆に幕府と朝鮮との中に入って国交回復にも尽力した人物。偽国書の話は有名だ。
雨森芳州のお墓がある長寿院へ。芳州は対馬藩に仕え、江戸中期の朝鮮外交を担当した人物。儒教はもとより、漢詩文にも朝鮮語にも通じていたので、通信使一行にとって最も頼りになる日本人だった。
写真家の仁井さんの推薦で、通信使のキーパーソンである橘さん宅を訪ねる。市役所の本石さんも訪ねる。
台風が近づいてきた。雨がぽつりぽつり、あやしい。
釜山の2日目
釜山の2日目は、朝鮮通信使の歴史が展示されている釜山博物館へ。
通信使の重要な研究者、辛 基秀氏が収集した資料も展示されていた。日本語が堪能な学芸員の柳 純女さんにご案内いただく。
今回のプロジェクトにも関わってくれるアートスペースBandeeに向かう。代表のKim South Younさんからお話を伺う。
これまた今回参加してくれるやはり釜山に拠点があるアートスペースBaeのKim Dae hongさんたちと合流。
朝鮮通信使が日本に向けて旅立つときに航海の安全のために海神祭を行なった永嘉台へ。
次に、倭館があったといわれる龍頭山公園へ。倭館は当時10万坪を誇った日本人の居留地。対馬藩の人達(男性)などが約500人、交易や朝鮮通信使の接待の為に住んでいたそうだ。現在は、石碑があるだけで何も残っていない。公園として緑豊かな敷地となっている。
続・朝鮮通信使
いよいよ「続・朝鮮通信使」のプロジェクトが始まります。韓国のソウルをスタートに、釜山、対馬、下関、瀬戸内を通って、大阪、横浜、そして新潟妻有が最終地点の予定です。
「よしみ(信)をかわす(通)」の意で、江戸幕府が二百数十年間、招聘し続けた朝鮮半島からの500人規模の文化使節団『朝鮮通信使』。BankARTでは、新たに「続・朝鮮通信使」というかたちで、今年はそれらが通ってきた道筋をトレースし、各地域との交流のネットワークを拡げる試みを行います。
今日は、そのスタートとなる出発式を開催。
スタジオニブロールの矢内原充志さんデザインの衣装と川瀬浩介さんの音楽でめぐり歩きます。旗も白井美穂さんや牛島智子さんらの作品をなびかせます。
BankARTの『続・朝鮮通信使』は随時ブログ等でお知らせしていきますので、お楽しみに。
それでは、いってきます!
多摩美術大学芸術学科 「~展」開催
「~展 NAMI EXHIBITION」がスタートしました。BankART Mini ギャラリーを会場に25名のアーティストの作品が展示されています。展覧会タイトルの「~」は、何かをリアルに伝える波動のようなものを表現しているとの事。
この展覧会は、多摩美術大学芸術学科の授業の一環として行われ、作品の展示はもちろん、キュレーションも学生自身がおこないました。また、学生の中には、韓国からの留学生もたくさん参加しています。
7月31日にはオープニングパーティを開催。担当の海老塚耕一さん、上田雄三さんのご挨拶があり、多くのお客様が来場されました。
展覧会は、オープンスタジオと同様、8月5日までの開催となります。