ソウルから釜山にむけ半島を斜めに横切る移動がはじまりました。続・朝鮮通信使の参加者のベクトルはそれぞれ異りますが、「朝鮮通信使」に関心があり、何かをしようとしているのは共通しています。多くの新しい施設やチームとの出会いも重要ですが、いにしえの朝鮮通信使のルートを素直に巡り、その場所の「過去と今」を見ることはとても大切な試みです。
朝、ホテルからスッカラカフェのスヒャンさんが手配してくださったドライバー付きのワゴンで漢江を上流に遡り、聞慶セジェ(峠)を越え、洛東江の上流に。河の蛇行の変遷の中、孤高に残る両班(ヤンバン/貴族)の村、世界遺産の安東河回村へ。観光地的な様相を少し帯びてきてしまっていますが、中に入ると素朴で淡々とした日常的な表情が続きます。
次に向かった目的地は、安東市街地を守るために造られたであろう安東ダムの湖の最上流に、これまた孤高な存在の陶山書院。儒教の最高学者の弟子たちが、500年続く営みを続けています。黄砂にけぶるのんびりとした自然の景色、朝鮮通信使のご一行が出てきそうな気配が、そこかしこに見受けられます。
などと格好つけて記してみたものの、藁葺き屋根のオンドル煙突の家にも、見えない場所にパラボラアンテナやベンツ。書院の寄宿舎には電気冷蔵庫。世界遺産の住民も、たくましく現代に生きておられるというのが一番の感想でした。
安東ではスッカラカフェのスヒャンさんがコーディネートした本にも掲載される「にせ法事料理」と称する少しランクの高い夕食を頂きました。にせどころか、本当に品のいい器群とお味でした。