BankART出版紹介 vol.11 『田中信太郎 Shintaro TANAKA 1946-2014』

『時代をすーっと走り続けた田中信太郎の、大らかなそして繊細な地殻変動を感じとっていただければ幸いです。』

本誌はBankART NYKにて2014年に開催された「田中信太郎 岡崎乾次郎 中原浩大〜かたちの発語展」に伴い刊行された田中氏の個人カタログ。
冒頭の言葉の通り、本カタログでは1959年から2014年までの田中信太郎氏の作品の変遷を、残された膨大な写真とともに振り返ることができる。それだけでなく、田中信太郎氏と美術評論家・光田ゆり氏との対談も掲載されており、同作家の生い立ちや生き方、哲学など総合的に田中信太郎という人物に触れることが出来るだろう。

カタログには、なかなか見ることが出来ないネオダダ・オルガナイザー時代の若き日の写真や代表作《ハート・モービル》、1970年「人間と物質」展で出展した作品《無題》、ヴェネチア・ビエンナーレでの展覧会の様子、そして1985年、病を経験した後で制作された《風景は垂直にやってくる》など。他にも国内外問わず様々な場所で制作されたコミッションワークの数々がある。

物質をぎりぎりまで追い込んで削ぎ落とされたミニマルな表現形式の作品達は、たしかに同時代に活躍した「もの派」の作品を彷彿させるが、田中氏はそうカテゴライズされることを拒否する。そして、月日が経ちその後制作された作品《無題》や《風景は垂直にやってくる》などを辿ると、人生や時代の変化に合わせて作品を柔軟に変化させ、挑戦し続けている姿を感じ取ることが出来るだろう。しかし、そうした変化の中にも一貫した何かがあると思わずにはいられない。

田中氏は光田氏との対談の中で「終始一貫性」に関して以下のように言及している。
「..僕は一貫性というのは、その作家が若いときから死ぬまでの長い時間の中で、(省略)時代の変化もあるし、自分自身の変化もあって、いろんなことをトライすると思うのですね。そのトライした結果の匂いといいますか、(省略)、この人では無ければというものが、そこの部分が一貫性の一番重要なところで、表面的な変化ではないという言い逃れをしています。」

変化を自然なものとして迎え入れ、挑戦を積み重ね醸し出される唯一無二な”匂い”とは。私はそれを感じ取りにもう一度田中信太郎氏の作品を見たいと思った。

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田中信太郎 Shintaro TANAKA 1946-2014(2014年4月発行)
A4判 192ページ
¥2,000+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
http://www.bankart1929.com/bank2020/book/index.html

BankART出版紹介 vol.10 『いかに戦争は描かれたか』

本書は、2015年1月から3月にかけて行われたBankARTスクールの計8回の講座「戦争と美術」をまとめ、2017年にBankART1912によって出版されたものである。全222頁のうち大部分が講義を文字に起こしたもので、講座の記録資料としての役割を持つ。

全体としては、4人の講師がそれぞれの専門分野を通して、戦争と美術の関係性を見つめ直す内容となっている。
1人目の講師である東京国立近代美術館美術課長の大谷省吾氏は、“戦争画”の定義から講義を始める。戦争が直接的に描かれていない戦争画や、GHQが戦争画を“美術”か“プロパガンダ”か “戦利品”か、扱いに困っていた話などが紹介される。それらを起点に、戦争画の位置付けを、社会全体の動き、そして画家としての藤田の評価の変遷と比較しながら探っていく。

2人目の講師である大原美術館特別研究員、京都造形芸術大学教員の林洋子氏は、藤田嗣治研究のスペシャリストである。二つの世界大戦と日中戦争を経験した藤田は、各々の戦争に対して異なる態度を示す。彼の内面の変化とそれが彼の“戦争を描く作品”にどう影響したかが明らかにされる。

3人目の講師の河田明久氏は、千葉工業大学教授で戦争美術を専門とする。河田氏の授業は、日本で戦争が多かった明治期と昭和期に分かれる。前者では戦争を国民に伝えた浮世絵の役割、後者では日中戦争と太平洋戦争の描かれ方の違いにスポットを当て、戦時下で画家とその作品に要求される“役割”を探る。

4人目の講師の木下直之氏は、東京大学教授で、静岡県立美術館館長である。前編の講義では、戦争に関する“モニュメント”の変遷を時代に沿って辿る。言葉や人物を刻んだ彫像から、凱旋門、原爆ドームまで幅広く戦争の記念碑を扱う。後編では、戦争を伝える“スペクタクル”という観点で神田際の行列、大名行列から軍隊の行列、パノラマ館や映画へと講義が繋がっていく。

本書は、戦争画をその時代に照らし合わせて、当時の人々にとって戦争とは何だったかを浮き彫りにする。戦争とは何か、その中に存在する美術とは何かを再考させられる一冊である。

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いかに戦争は描かれたか(2017年4月発行)
A5判 224ページ
¥1,200+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
http://www.bankart1929.com/bank2020/book/index.html

BankART出版紹介 vol.9 村田 真『Artscape 1999→2009アートのみかた』

本著はWebマガジン「artscape」に1999年から2009年まで掲載された村田真氏の展覧会レビューを一冊にまとめたものであり、村田氏の世紀をまたぐ日々の足跡や展覧会への率直な所感が伺える内容となっている。展覧会の規模やジャンルも多様で幅広く、記録として、また読者が村田氏と同様にアートウォッチングをする毎日であれば、この展覧会は確かにそうだったなど自身の感想と比べる楽しみ方もあると思われる。

ただ、相当な数のレビューではあるが、辞典ではなくあくまで著者の自由な観点でセレクトされているため、その年代の展覧会を網羅するといった完全性を担保するものではない。そのため索引や年表などはないのだが、それはそれとして掲載されている展覧会を場所、時期、分野で俯瞰、一望出来る様にまとめられた一覧表を見てみたいとも思う。

著者がいつ何に興味関心を抱いてどこへ向かったのか、そこは展覧会がどういった内容だったかといった記録集であれば特に取り立てる事もないかもしれない。が、これだけ長い年月をほぼ毎日、ライフワークとして鑑賞し続けるその軌跡がどういったものだったのかも気になるのだ。

一人が鑑賞する展覧会だけでもこれだけの量がある、そこから更に年間どれだけの展覧会が開催され、ギャラリーではどれだけの展示が開催され、アートイベントはどれだけ開催されているのか、国内だけではなく海外ではどうかと関心を拡げていくきっかけとなる様な著作である。

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アートのみかた(2010年5月発行)
A5判 512ページ
¥2,500+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
http://www.bankart1929.com/bank2020/book/index.html