現在開催中の「アートと都市を巡る横浜と台北」展にあわせて、シンポジウム「まちにひらかれた創造の拠点~横浜創造都市と台北URSの歩み~」をKawamata Hallにて開催した。
http://bankart1929.com/cms/wp-content/uploads/2015/08/yokohama-taipei-symposium.pdf
街づくりに焦点をあてた今回のシンポジウムは、横浜市は創造都市、台北市はURS(Urban Regeneration Station)に関わっている重要な人たちをお招きし、議論を行った。
はじめに特別講演として、沖縄の名護市長舎等で有名な、象設計集団の坂元 卯氏に、30年にも及ぶ台湾での活動のお話を伺った。
シンポジウムでは、各ゲストからの活動紹介の後、都市における歴史的建造物をいかに活用していくか、開かれた創造の拠点のあり方等について議論した。民の都市への当事者性、文化的、社会的意識について、また歴史的資産活用のハード面だけでなくソフト面などについてなど、横浜・台北それぞれの現状を比較する場となった。
最後にパブスペースに会場を移動し、クリエイターの交流会を開催。両クリエイターの出会いの場所となった。
明治時代の横浜における日本政府による街づくり、台北におけるインフラも含めた統治。両都市は少しずれながらパラレルに進行していて、共通点も多い。そんな歴史的な背景をもつ両都市の往来はこれからも続く。
BankART school 今福龍太 「〈叛アメリカ〉の知的戦士たち」開講 9.4
独自の切り口から幅広い分野の批評活動を展開する文化人類学者、今福龍太さんのバンカートスクール講座が始まりました。スクールでの今福講座は、2010年春開講の「スキャンダル考」に続き2回目です。前回は先端的芸術が社会に生まれ出る有り様をめぐり、アメリカの批評家スーザン・ソンタグを取り上げました。今回は、近刊の著書「ジェロニモたちの方舟」をテキストに「〈叛アメリカ〉の知的戦士たち」と題して連続講座を行います。初回はヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー「セバスチャン・サルガド」を一部鑑賞し、映像と写真の根源にある課題についても言及しました。挑発的なテーマに集まったスクール生は大人数ではありませんが、氏の静かで軽妙な語り口で進められる講座は、次代の鼓動に耳を澄ます、まさに現代の「寺子屋」のようです。
カブ(深沢アート研究所/緑化研究室)さんレポート
AIR2015に参加した5月はじめぐらいから、半ば強引に、BankART Studio NYK入り口右手約15mにわたって設置されているプランターで植物の栽培をやらせてもらう。今回はイギリスの在来種のシマシマトマトや、ブルートマト、ハート形のトマトなど、イギリス滞在中に育ててた品種をためしてみたかったのだ。実が出来たら可愛いし、おもしろいトマトだし、入り口前を彩れたらいいなと思って。”バイオダイナミック農法という、天体の動きやパワーをとりこんだ有機栽培” でトマトやハーブを育てる。根っこの日、とかフルーツ(実)の日、があって、トマトだったら、フルーツ(実)の日にタネをまいたり、植え付けたり、栄養をあげたり、手をかけてあげるとよく育ってくれる。ただ今回は夏になってから、週1ぐらいの作業になり、ちゃんと実感できなかった。
こんな ズボラ作業、夏前の長雨、猛暑日続き、ほとんど毎日の港近くの強い風、って中でもトマトや他の夏ヤサイは、なんとかそれなりに育ってくれた。ホッ。9月に入ったし、月末頃には夏ヤサイは撤収作業。その頃にはすこしお裾分け出来るくらい保存ヤサイが出来てたらいいかな。
カブ(深沢アート研究所/緑化研究室)
日韓交流の新しい可能性part2〜朝鮮通信使を起点に〜 8.29
シンポジウム「日韓交流の新しい可能性part2〜朝鮮通信使を起点に」が、十日町情報館で開催された。情報館は1999年に内藤廣氏により設計された、大きな図書館を中心にした施設。初回の大地の芸術祭で展示会場のひとつになった場所だ。
BankARTにとっては、BankART妻有があるとはいえ、ここは完全にaway。集客にはまったく自信がなかったが、地元の人たちや、ありがたいことに遠方からの旧友や横浜の知人、友人が駆けつけてくれ、何とかかっこはついた。内容的には、朝鮮通信使関係の深い理解者と推進する人たちが集まって下さったので、かなり濃いものとなった。
http://bankart1929.com/cms/wp-content/uploads/2015/07/SymposiumJapan-Korea2015.pdf
妻有で行なわれていること、江戸時代に日韓で行なわれていたこと、それをリレーしていく現代の動き、これからの日韓のこと、アジアのこと、日常と非日常のこと、政治のこと、政治を越えること、等々。
だいぶん涼しくなった妻有での、熱い想いの一日でした。
桐山の家リポート(BankART妻有)BankART妻有の宿泊客
BankART妻有の目指すところは「普通の家」だ。
もちろん私たちがこの家を購入させていただく前も普通の「農家」だった。
主が私たちに移って、「大地の芸術祭の出品作の一点」になったときに、私たちの考えたことは、常に見られるという特殊な家になることは否めないけど、「家」の形式はキープしようということだった。
冬は実際に私たちでは住めないし、その他のシーズンもほとんど住んでいるわけではない。でも、会期中だけでも、スタッフが寝泊まりし、作品とともに暮らし、他人を招き入れながら、「家」をキープしようと。
その結果、様々な人たちが泊まりにくるようになった。原則、泊まりは関係者に限っているが、それでも多いときは20名ぐらいが一度に泊まることがある。とはいえ、今はお風呂もひとつしかないし、大人数がくると、食事もお風呂もパンクしてしまうので、大半はすぐ近くの「芝峠温泉」にお世話になっているのが現状だ。
まっくらな集落のなかで、ここだけが、遅く迄灯りがともり、笑い声の絶えない時間が続く。
その他もたくさん………