BankART出版紹介 vol.13『井原宏蕗 Koro IHARA』

BankART Under 35 2021 に際して同年4月に発行された井原宏蕗のカタログは、作品を創る者や常日頃から芸術作品に触れている人以外の人にも、ぜひ一度手に取って欲しい一冊である。

当カタログは、角川武蔵野ミュージアムキュレーター、高橋洋介による「人新世と崇高のスカトロジー:井原宏蕗にみる芸術的な排泄物の系譜」から始まる。日英両文で記載されているこの文章は、ぜひ、本を開き作品を見始める前に、一度目を通し、じっくりと読み考えて欲しい内容となっている。糞・尿を多く用い創られる井原の作品に関することだけでなく、現代の作品や、我々が生きる地球、かつてこの場で生活していた人々についてまで書き記されているこの二ページは、もとより我々の心の内にあった先入観を一度クリアな状態に戻してくれる。

さて、その次のページからは、一見は綺麗に見える糞尿の作品の細部までがありありと映されている写真が広がっている。それぞれには、作品と、井原という一人の芸術家自身を理解する上で最も重要となる、作品の生まれたわけ、生成時に込められた思い、それから作品の原材料などの詳細が記載されている。作品をより楽しむため、ぜひそれらをじっくりと読んだ上で思考を巡らせて欲しい。

一度全ての作品をじっくりと眺めた最後には、ぜひ最初の二ページに再度目を通して欲しい。初めに感じたのとは違う新しい、きっとこの先芸術作品と向き合っていく上で非常に重要となる思いが生まれるだろう。

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井原宏蕗 Koro IHARA(2021年4月発行)
A4判 20ページ
¥200円(税込)
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
http://www.bankart1929.com/bank2020/book/index.html

BankART出版紹介 vol.12 宮本隆司『首くくり栲象』

艶やかな漆黒の表紙に惹かれて思わず手に取った一冊。
そこには『首くくり栲象(たくぞう)』と鮮やかな赤い文字でタイトルが刻まれている。

本書は、20年以上にわたって自宅の庭である『庭劇場』で首を吊るパフォーマンスを行い、2018年に逝去した首くくり栲象を追った写真家 宮本隆司氏による写真集だ。冒頭の宮本氏の文章からはじまり、首くくりが行われる『庭劇場』へ誘われるように進んでいく写真、首をくくる栲象氏の写真のあとには、家屋で過ごす日常を捉えた写真も収められている。
そしてそれらの栲象氏の姿にはどれも、彫刻作品のように静寂の中に存在する生の美しさがある。

新鮮な驚きだったのは、首をくくるという同じ行為においても、栲象氏はその時ごとに違う表情を見せているということだ。
人間としては当たり前のことなのだろうが、栲象氏がどれだけ生身の精神で首くくりに向かっているのかが伝わってくる。

宮本氏によると、『首くくり栲象は自分の行為にまつわる神秘的な想いを嫌っていた。「毎日、庭で首をくくっています」とごく普通のことをやっているように言っていた』そうだ。また、宮本氏は家が近かったこともあり、約十年間栲象氏の姿を写真に収めてきたという。近い距離での関わりであったからか、写真集には首くくり以外の人間味のある栲象氏の姿も映し出されている。その中でも大量の書物の壁によりかかり、うたた寝をする栲象氏の写真があるのだが、なんともその『うたた寝の姿』の方が『首くくり』よりもまるで死に近いような様子である。そうして首くくりの写真に戻って見てみると、その姿はどれほど生きている姿なのだろうと思うのだった。

最後には演劇評論家である長井和博氏による克明に描かれた首くくりの文章と栲象氏の略歴も見ることができる。
この本を通して残された『首くくり栲象』という一人の人間の生きた痕跡を、私たちはどのように受け止められるだろうか。

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宮本隆司:首くくり栲象(2018年12月発行)
B5版 108ページ ハードカバー
¥2,200+税
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BankART出版紹介 vol.11 『田中信太郎 Shintaro TANAKA 1946-2014』

『時代をすーっと走り続けた田中信太郎の、大らかなそして繊細な地殻変動を感じとっていただければ幸いです。』

本誌はBankART NYKにて2014年に開催された「田中信太郎 岡崎乾次郎 中原浩大〜かたちの発語展」に伴い刊行された田中氏の個人カタログ。
冒頭の言葉の通り、本カタログでは1959年から2014年までの田中信太郎氏の作品の変遷を、残された膨大な写真とともに振り返ることができる。それだけでなく、田中信太郎氏と美術評論家・光田ゆり氏との対談も掲載されており、同作家の生い立ちや生き方、哲学など総合的に田中信太郎という人物に触れることが出来るだろう。

カタログには、なかなか見ることが出来ないネオダダ・オルガナイザー時代の若き日の写真や代表作《ハート・モービル》、1970年「人間と物質」展で出展した作品《無題》、ヴェネチア・ビエンナーレでの展覧会の様子、そして1985年、病を経験した後で制作された《風景は垂直にやってくる》など。他にも国内外問わず様々な場所で制作されたコミッションワークの数々がある。

物質をぎりぎりまで追い込んで削ぎ落とされたミニマルな表現形式の作品達は、たしかに同時代に活躍した「もの派」の作品を彷彿させるが、田中氏はそうカテゴライズされることを拒否する。そして、月日が経ちその後制作された作品《無題》や《風景は垂直にやってくる》などを辿ると、人生や時代の変化に合わせて作品を柔軟に変化させ、挑戦し続けている姿を感じ取ることが出来るだろう。しかし、そうした変化の中にも一貫した何かがあると思わずにはいられない。

田中氏は光田氏との対談の中で「終始一貫性」に関して以下のように言及している。
「..僕は一貫性というのは、その作家が若いときから死ぬまでの長い時間の中で、(省略)時代の変化もあるし、自分自身の変化もあって、いろんなことをトライすると思うのですね。そのトライした結果の匂いといいますか、(省略)、この人では無ければというものが、そこの部分が一貫性の一番重要なところで、表面的な変化ではないという言い逃れをしています。」

変化を自然なものとして迎え入れ、挑戦を積み重ね醸し出される唯一無二な”匂い”とは。私はそれを感じ取りにもう一度田中信太郎氏の作品を見たいと思った。

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田中信太郎 Shintaro TANAKA 1946-2014(2014年4月発行)
A4判 192ページ
¥2,000+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
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BankART出版紹介 vol.10 『いかに戦争は描かれたか』

本書は、2015年1月から3月にかけて行われたBankARTスクールの計8回の講座「戦争と美術」をまとめ、2017年にBankART1912によって出版されたものである。全222頁のうち大部分が講義を文字に起こしたもので、講座の記録資料としての役割を持つ。

全体としては、4人の講師がそれぞれの専門分野を通して、戦争と美術の関係性を見つめ直す内容となっている。
1人目の講師である東京国立近代美術館美術課長の大谷省吾氏は、“戦争画”の定義から講義を始める。戦争が直接的に描かれていない戦争画や、GHQが戦争画を“美術”か“プロパガンダ”か “戦利品”か、扱いに困っていた話などが紹介される。それらを起点に、戦争画の位置付けを、社会全体の動き、そして画家としての藤田の評価の変遷と比較しながら探っていく。

2人目の講師である大原美術館特別研究員、京都造形芸術大学教員の林洋子氏は、藤田嗣治研究のスペシャリストである。二つの世界大戦と日中戦争を経験した藤田は、各々の戦争に対して異なる態度を示す。彼の内面の変化とそれが彼の“戦争を描く作品”にどう影響したかが明らかにされる。

3人目の講師の河田明久氏は、千葉工業大学教授で戦争美術を専門とする。河田氏の授業は、日本で戦争が多かった明治期と昭和期に分かれる。前者では戦争を国民に伝えた浮世絵の役割、後者では日中戦争と太平洋戦争の描かれ方の違いにスポットを当て、戦時下で画家とその作品に要求される“役割”を探る。

4人目の講師の木下直之氏は、東京大学教授で、静岡県立美術館館長である。前編の講義では、戦争に関する“モニュメント”の変遷を時代に沿って辿る。言葉や人物を刻んだ彫像から、凱旋門、原爆ドームまで幅広く戦争の記念碑を扱う。後編では、戦争を伝える“スペクタクル”という観点で神田際の行列、大名行列から軍隊の行列、パノラマ館や映画へと講義が繋がっていく。

本書は、戦争画をその時代に照らし合わせて、当時の人々にとって戦争とは何だったかを浮き彫りにする。戦争とは何か、その中に存在する美術とは何かを再考させられる一冊である。

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いかに戦争は描かれたか(2017年4月発行)
A5判 224ページ
¥1,200+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
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BankART出版紹介 vol.9 村田 真『Artscape 1999→2009アートのみかた』

本著はWebマガジン「artscape」に1999年から2009年まで掲載された村田真氏の展覧会レビューを一冊にまとめたものであり、村田氏の世紀をまたぐ日々の足跡や展覧会への率直な所感が伺える内容となっている。展覧会の規模やジャンルも多様で幅広く、記録として、また読者が村田氏と同様にアートウォッチングをする毎日であれば、この展覧会は確かにそうだったなど自身の感想と比べる楽しみ方もあると思われる。

ただ、相当な数のレビューではあるが、辞典ではなくあくまで著者の自由な観点でセレクトされているため、その年代の展覧会を網羅するといった完全性を担保するものではない。そのため索引や年表などはないのだが、それはそれとして掲載されている展覧会を場所、時期、分野で俯瞰、一望出来る様にまとめられた一覧表を見てみたいとも思う。

著者がいつ何に興味関心を抱いてどこへ向かったのか、そこは展覧会がどういった内容だったかといった記録集であれば特に取り立てる事もないかもしれない。が、これだけ長い年月をほぼ毎日、ライフワークとして鑑賞し続けるその軌跡がどういったものだったのかも気になるのだ。

一人が鑑賞する展覧会だけでもこれだけの量がある、そこから更に年間どれだけの展覧会が開催され、ギャラリーではどれだけの展示が開催され、アートイベントはどれだけ開催されているのか、国内だけではなく海外ではどうかと関心を拡げていくきっかけとなる様な著作である。

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アートのみかた(2010年5月発行)
A5判 512ページ
¥2,500+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
http://www.bankart1929.com/bank2020/book/index.html

「Borderlands」Responding: International Performance Art Festival and Meeting

BankART KAIKOにて、12/2123までパフォーマンスイベントを開催。
今年で3年目となるレスポンディング国際パフォーマンスアート芸術祭というチームの企画だ。彼らは今年6月に長野県諏訪盆地という山の境界地帯(borderlands)を捉え直すリサーチとパフォーマンスを実施。諏訪は生糸生産が盛んだった地域。その関係で生糸専用倉庫復元施設の一室であるBankART KAIKOで、リサーチの成果発表を行い、発信するというのが今回の目的とのこと。モニターを背負い、ただ黙々と歩き続ける村田氏。歌を歌いながら会場を回る前田穣氏。ドローイングパフォーマンスをするたくみちゃん氏など。各々が空間内でパフォーマンスをしていくなか、ときおりそれぞれが向かい合い、パフォーマンスが連鎖していき、予想しない展開へと進んでいった。儀式のようなパフォーマンスを鑑賞者が唾を飲み、じっと見つめる様子、ときには笑いが溢れる様子などが見られた。

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参加作家:村田峰紀、前田穣、たくみちゃん、濱田明李、瀬藤朋(舞台芸術制作者)、渋革まろん(批評家)、牧田義也(歴史家)、武谷大介

Theater Company ARICA『ミメーシス』

ARICAの公演をBankART Stationにて1215日から19日まで開催した。

今回は、本年創立20周年と記念して、大野一雄の「ミメーシス=模倣」によって、世界を震撼させた川口隆夫氏をゲストに迎えた新作公演だ。ステージ上には、安藤氏と川口氏の二人だけが登場。安藤氏が真っ赤なロープを通じて、川口氏に指示を送る様は、「教えと学び」からやがて、「加害と被害」「命令と服従」といったものを連想させる。緊迫した1時間の公演だった。20周年記念であること、そして広報活動も奏して、客席は連日大入だった。

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『ミメーシス』

演出:藤田康城 
テクスト・コンセプト:倉石信乃
出演:川口隆夫 安藤朋子 
音楽:福岡ユタカ 
美術:高橋永二郎
舞台監督:菅原有紗(ステージワークURAK
照明:岩品武顕 (with Friends
音響:田中裕一(サウンドウエッジ)
衣装:安東陽子 
衣装製作:渡部直也
宣伝美術:須山悠里
協力:茂木夏子 前田圭蔵 山田規古
制作:福岡聡(カタリスト)

BankART出版紹介 vol.8 リターンから撤収までの記録『新・港区』

「新・港区」は、横浜・新港ピアに拠点を構え、2012年から2年間の期間限定で50組を超えるクリエイター達のシェアスタジオであった。本著では、そこに住んでいたクリエイター達による2年間の活動が記録されている。さらに、同プロジェクトを推進・応援してきた関係者の寄稿文やシンポジウム「クリエイターがまちに住むこと シェアスタジオの可能性」などが掲載されており、「新・港区」という一つのプロジェクト記録だけでなく、都市にアーティストやクリエイターを誘致することで社会に与える影響について重層的に学ぶことができる一冊である。

さて、本著の編入作業はユニークな方法である。具体的には、住民会議という自治から選出された編集委員と管理運営者側が協働して、可能な限り住民が参画する形で進められている。例えば、住居人の紹介は自己紹介だけでなく、他の住居人による他己紹介も掲載されている。そのためか、住民同士の関係性やシェアスタジオの空気感が本からでも伝わってくる。また掲載されている寄稿文からは、アーティストやクリエイターの可能性を信じ、前例のないことに挑戦しながら、都市の中で文化芸術を育んできた人々の同プロジェクトに対する想いがひしひしと伝わってくる。

地域を活性化するためアーティストやクリエイターを誘致する動きが盛んな昨今。その効果には賛否両論あるが、ぜひ本著を手に取って考えてほしい。

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新・港区(2014年3月発行)
B5判 224ページ
¥1,800+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
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BankART出版紹介 vol.7 小さな未来都市『新・港村』

『新・港村はあらゆる国と種類のクリエイターが働く蜃気楼のような小さな未来都市です。』

「新・港村」の挨拶はここから始まる。

横浜トリエンナーレ2011の特別プログラムとして、8月6日から11月6日の期間限定で、横浜・新港ピアにて突如として出来上がった小さな未来都市「新・港村」。そこに住む住人(村民)は国内外の約150のアートイニシアティブチーム達。はたしてその村で何が起きていたのか。本著はその記録を辿る記録集である。

ページをめくると、4400平方mの巨大な建物の中で、住人であるアーティスト、クリエイター、NPO、オルタナティブスペース関係者等による展覧会やパフォーマンス、制作活動、レクチャーなどの記録や、新・港村Cafe LIVEや大野一雄フェスティバル、展覧会「横浜プレビュウ」などの様子が写真やテキストからうかがえる。さらに、「新・港村」の空間や意義に関して、BankART代表池田修氏とみかんぐみ・曽我部昌史氏による対談や池田氏による寄稿文などが掲載されており、ミクロな視点だけでなくマクロな視点からも同プロジェクトを考察することができる。

あらゆる国と種類のクリエイター達が横浜に集まった全80日間。本からでも伝わってくるクリエイター達による熱気をぜひ感じていただきたい。

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新・港村 小さな未来都市(2012年5月発行)
B5判 272ページ
2,400円+税
ご購入希望の方は、ホームページをご覧ください。
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BankART出版紹介 vol.6 『美食同源』

横浜・馬車道にあったBankART19292棟を始め、関内外広域で展開された「食と現代美術」の記録集。「食と現代美術 part1」(2005年)と、続編にあたる「食と現代美術 part2」(2006年)の内容を紹介。合間には読み応えあるコラムもあり、全160頁にわたる充実したフルコースのような図録である。

地図を眺めて店名を確認すると、聞き覚えのある名前が多いが現存しているのはどれ位だろうか。「横濱芸術のれん街」と称した周辺の飲食店を舞台にした企画では、食をテーマに制作された作品が、1作家1店舗の組み合わせで展示された。食器として供されるもの、什器に擬態したもの、作家本人がふん装して出迎えるパフォーマンス。設置というよりも潜入という感覚が近い。

「横浜 食の展開」の章では、横浜の郷土酒とも言えるビールや、横浜での都市農業について、歴史や展開が解説されている。また老舗店や新参店のオーナー達へのインタビューも収録されている。開店当初のエピソードや店名の由来など、歴史を感じる逸話もあり興味深い。

15年も前の出版であるにも関わらず、まるでこれから開催されるイベントを心待ちにするかのように、記された作品それぞれへの興味が尽きることはない。本書を片手に想像力をかきたてながら、かつての横浜に想いを馳せ、新鮮な視点で街を歩くこともできるのではないだろうか。

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『美食同源』[現在、在庫なし]

監修:井上明彦、編集:BankART1929

A5判 160ページ
2006年2月発行